2016.12.05 |IMABARI LIFEインタビューVol.1 佐藤可士和

ユーザー目線だからできる
ブランディングがある。

佐藤 可士和

KASHIWA SATO

博報堂を経て「サムライ」設立。進化する視点と強力なビジュアル開発力によるトータルなクリエイションは多方面より高い評価を得ている。
今治タオルプロジェクトでは、ブランドマーク&ロゴデザインやオリジナルタオルのデザインをはじめ、今治タオルのブランディング・プロデューサーとして参加。

今治のこと
あまり知らなかったから、よかったんだと思う。

今治タオルのブランディングプロジェクト、スタートしてちょうど今年で10年ですよね。振り返ってみて、いかがでしたか。

佐藤可士和:そうですね、想像以上というか、よくここまで来たなと感慨深いですね。
最初にお話をいただいたときは、「タオルを買うのに産地を気にしたことないな」って思ったんです。どこのブランドのタオルかというのは意識していましたが、それが日本で作られているのか、中国で作られているのか、あるいは欧米で作られているのかは、あまり気にしたことがなかった。

当時は皆がそうだったと思うんですけど、いまや今治タオルが欲しいと言う方がすごく増えたし、「タオルの産地を気にする」という文化を作ってしまった感じですよね。10年前はここまでうまくいくとは思っていなかったんですか?

佐藤:もちろんブランドの理想像として描いてはいました。でもそれがきちんと売上につながっていくかどうかは、また別の話ですよね。当時、今治タオルは、産地が危機的な状況だった上、普段のクライアントワークとは、予算も格段に少なかった。ブランドを作っていくための計画やアイディアは出せても、それをどう実行するか、非常に厳しく難しい状況でした。

そこは今治タオル工業組合の皆さんが一緒にいろいろ知恵を絞り、限られた予算をどこに投資をするか、ダイナミックな判断をしていったのも大きかったと思います。

写真:インタビュー中の佐藤氏

可士和さんのブランディング自体も、かなりダイナミックでしたよね。
今治って、歴史的に「ジャカード織り」という細かい柄を織るのが得意な産地なので、普通に考えるとその柄をどう売っていくか、という戦略になると思うのですが、可士和さんは白いタオルをブランドのアイコンにしてしまった。

佐藤:もちろん僕も、そういうことは最初に聞いてはいましたが、「織りがいい」とかって、タオルに関心があって初めて響く話ですよね。ある意味マニアックというか。いまやブランドのベースができたので、そういう話もどんどんしていくといいと思うけど、10年前はまだ世の中がタオルにあまり関心のない時代だった。
タオルの本質って吸水性じゃないですか。今治の方々は「安心・安全・高品質」とか「吸水性がいい」というのは、当然だと思っていましたが、一歩引いてみると、世界的には、そこまで高品質なものを安定して作れる技術って、ものすごく価値がある。
だから柄とか色の話をする前に、そういうタオル本来の良さを伝えた方がいいだろうと考えたんです。思いきりユーザー目線からの発想です。

今治タオル南青山店

ユーザー目線だからこそ、当たったってことでしょうか。

佐藤:そうだと思います。
加えて時代が安全性とか、自分の使っているものがどこで作られたものかということを求めていました。例えば10年前くらいから、食に関するいろいろな事件もあり、食品のトレーサビリティーに世の中が敏感になっていた。インターネットの時代になって、そういう情報を調べられるようになったことも大きいですね。

昔はわからなかったですもんね。企業が言うことを信じるしかなかった。

佐藤:以前はマス広告とか売り場での情報ぐらいしかなかった。会社のパンフレットなども、普通なかなか手に入らないし。
それが、アフターインターネットになって、産地や製造者にまで簡単にたどりつけるようになったから、どんどん気になり始めた。
ちょうどその頃、自分に子どもが生まれたこともあって、ふと気づくとタオルもそうだなあと。赤ちゃんをタオルで包んだりするときに、弱くてデリケートな肌に触れるタオルの品質がとても気になりました。
よくよく考えたら食品の次ぐらいに、タオルの安心・安全って大事なことだなと。肌や顔に直接ふれるものだし、しかも毎日使うし。そういうことを時代が求めていることに気が付いたのです。だから白いタオルがすごく重要だったんですよ。

「安心・安全・高品質」の記号としての白だったんですね。

佐藤:そう。例えば、お米の品質や味を伝えたいなら、白いごはんのままで提供したほうがいい。最初からカレーをかけたり、ピラフにしたりはしないですよね。それと一緒で、タオルという素材そのものの話をしたかった。
だから真っ白いタオルを今治タオルのアイコンにしようと考えたんです。ジャカード織りがすごいとか、今治タオルのことあまり知らなかったから良かったんだと思います。

あまり知らなかったから、大胆にできた、と。

佐藤:それはこのプロジェクトだけじゃなくて、最初に感じたことが実は一番大事だと思っていて、いつもそれを忘れないようにしているんです。知り過ぎるとかえって見えなくなることもたくさんあります。もちろん仕事をするにはその業界のことや商品のことなどに対する知識は必要ですが、それは自然にわかっていきますよね。

最初は引き気味の人もいました。

この仕事に関わられてから、ご自身のなかで変わったこととか、他のお仕事に生かしたことなどはありますか。

佐藤:やはりコンセプトって大事だなと改めて思いました。
予算がなく、できることも限られているのでどれだけ効果があるか少し心配でしたが、最初の発表会をやった後、ウェブサイトでの売上がバーンと1100%くらい上がったんです。まあ、もとが小さかったんですけどね。

10倍以上ですか、すごいですね。
佐藤:これは僕自身も「なるほど」と思いました。
マスメディアを使って派手にいろいろやらなくても、きちんとメッセージを伝えていけば反応はあることを改めて認識しました。
コンセプトがしっかりしていたから、ニュース化することができたわけですね。

佐藤:そうですね。そしてそのあと10年間かけて、ブレずにやり続けている。ずっと「安心・安全・高品質」というメッセージを軸に、白いタオルも今治タオルブランドの象徴として続けています。そんな風にコンセプトを貫くことってやはり大事だなと。
それに何と言っても今治タオルの成功は、組合の方々が一丸となって取り組んだことが大きいですね。いくら僕が計画を立てても実行する人がいなかったら、絶対、成功に結びつかないじゃないですか。

そこで苦労は無かったんですか?
佐藤:最初はそこまで一丸となってはいなかったかもしれません。
もちろん組合で決議されているので合意は得られているのですが…。なかには様子見の方とか、引き気味の方もいましたね(笑)。
あんまり信じられていなかったんですね(笑)。
佐藤:当時の理事長から「とにかく皆に会って話しをしてほしい」と言われ、今治に行って、10社くらいまわりましたね。
工場を見たり、組合員の方と直接会ってこれからやろうとしていることを説明したりして。
それで、やっぱり変わりました?
佐藤:はい。実はいまの執行部にも、そこから参加してくださった方もいます。
だんだん結果も出てきたり、メディアに注目されたりしたことも大きかった。「うまくいきそうだと思った」と徐々に言ってもらえるようになりました。
写真:今治タオル工業組合との打ち合わせ

写真:今治タオル工業組合との打ち合わせ

うまくいきそうだ、となったのは何年ぐらいだったんですか。

佐藤:3年目ぐらいかな。
2年目ぐらいに新宿の伊勢丹本店で今治タオルのコーナーを作って売ることが決まり、それはかなり大きな出来事でしたね。

それまでは売ってなかったんですか?
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佐藤:まず、このブランディングプロジェクト以前には「今治タオル」というブランドマークもなかったですし、いまのような明快な品質基準なども定められていなかったので、そもそも「今治タオル」というまとまった見え方をしていませんでした。
「今治タオル」としてまとめて売っている場所は、その時点では、地元・今治の組合ショップ以外にはなかったんです。流通形態も各メーカーがそれぞれ問屋に卸すというものなので、日本中にバラバラに散らばって展開されていたわけです。実際、僕も「今治タオル、どこに見に行けばいいんですか」と最初の頃に訊いたら「どこって言われても…」みたいな感じ(笑)。
どこにでもあるけど、どこにあるかはわからないと。どれが今治かということも書いてないし、分からない。だから最初にブランドマーク作って、わかりやすい品質基準も設定し、これをクリアしたものだけに「今治タオル」のブランドマークを付与するというルールを明確にしたんです。

(参照:今治タオルブランドマーク
佐藤:でも、いくら今治タオルのブランドを確立してコミュニケーションしても、商品がウェブサイトと今治にしかない状態では拡散しないじゃないですか。だから2年目に僕がこだわったのが、タッチポイントを作るということだったんです。
今治タオルをまとめて見て、実際に触れて、買える場所。ぜひとも東京にお店が必要だと強く主張しましたが、そこには思いがけない壁があった。もともとこのプロジェクトは中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」に認定されて補助金を得てスタートしたものですが、ショップ開設のための費用や家賃などはこの補助金の使途としては認められないというのです。
でも組合執行部の方々があきらめずにいろいろ交渉を続け、なんとかしようと必死になっていたら、新宿伊勢丹が話を聞いてくれた。本当に嬉しかったですね。
リビングフロアに初めて今治タオルのコーナーが出来て、すごく売れたんですよ。それがとても大きな出来事で、プロジェクトが本格的に軌道に乗った瞬間でした。

写真:伊勢丹で販売されたサムライデザイン

写真:伊勢丹で販売されたサムライデザイン


その後、青山に直営店が出来たのは何年頃なんですか。
佐藤:2012年だから、スタートから6年目? もうその中小企業庁のプロジェクトは終わっていたので、ブランド事業で得た貴重なお金を出して作ったお店です。
そこまで来たときにはもう、大成功って感じですよね。
佐藤:そうですね。「今治タオル」という知名度は、最初からいい感じに上がっていったのですが、数字がV字に回復し始めたのは、たぶん4年目ぐらいからです。でもそれは、その前の3年の地道な努力の蓄積があったからだと思っています。

時代が、今治の味方をしている。

それだけ大成功している今治タオルですが、今後の10年はどうしていきたいと考えていますか。
佐藤:これまでは「今治タオル」という全体のブランドをしっかりと作ってきたフェーズでしたが、第2フェーズとしては、今治タオルのなかの個々のブランドで選ばれるようになれば、より活性化するし、さらに理想的だと思っています。
例えばワインは「ボルドー地方の何々というシャトーがいい」という風になっていますよね。今治タオルでも、すでにそうなりはじめているブランドもあり、それは僕というより、個々の皆さんが自社をマーケティングしていけばいいと思う。そのためにも、ベースとなる今治タオルブランドを、さらに強いものにしていきたいと考えています。

そのために、いま計画されてることもあるんですか?
佐藤:だんだんコミュニケーションの仕方を変えていきたいとは思っています。
まずは今治にもっと来てもらえるようにしたい思っていて、その一貫として、今治タオル本店をリニューアルします。
それは楽しみですね! いつ頃なんですか?
佐藤:来年の春頃かな。詳しくは、また近々発表しますね。

サムライで打合せ

今回、このWEBサイトもリニューアルしましたが、そこにはどのようなお考えがあったんですか?
佐藤:もともとそのJAPANブランド育成支援事業のベースに基づいたウェブサイトだったので、「今治タオルブランド」を発信するためのものでしたが、もう少し今治タオルのあるライフスタイルということを意識して再構築しようと考えました。その方がいまの今治タオルブランドにあっているなと。
そういう意味で、このIMABARI LIFEという新しいページも生まれたんですね。
佐藤:はい。時代が今治の味方をしてくれていると思うんですけど、いまタオル以外にもいろんなことで今治に注目が集まっているんですよ。
例えば、日本代表の監督を務められた岡田武史さんが今治に移り住んで、FC今治という地元のサッカーチームのオーナーをされています。まだそんなに強いチームではないんですが、岡田さんは「今治と一緒に成長していこう」とおっしゃって少年チームの育成とか地方創生も含めてやろうとしている。サッカー界ではとても注目されていて、今治タオルもスポンサードしています。
ワールドカップまで行ったあの岡田さんが。それはすごいですね。
佐藤:それに、いま今治と尾道をむすぶ瀬戸内海の上の「しまなみ海道」が、自転車の聖地になっているんですよね。
それでけっこう全国からたくさん人が来るようになって。
ロードバイクブームの流れと合ったんですね。
佐藤:それから、今治のキャラクターのバリィさんが、「ゆるキャラグランプリ」の日本一(2012年)になったり、今治のB級グルメが話題になったり。
本当に盛り上がっていますね。それは、タオルがきっかけになったんでしょうか?
佐藤:それはわかりませんが、今治の方々が頑張ったということじゃないでしょうか。
だからこそ本店もリニューアルしようと思ったし、このIMABARI LIFEというページをつくったのも、そんな今治をもっと盛り上げていきたかったからです。
それは産地ブランドだからこそ、できることですもんね。
佐藤:そうです。これから東京オリンピックに向けて、今治の情報を世界に発信していきたいですね。

日本文化を世界に伝える
お手伝いができれば。

今治と関係なくてもいいんですけど、可士和さんがいま夢中になっていることはなんですか?
佐藤:ちょうど今年度、文化庁から文化交流使に任命されて、来年の3月、4月にニューヨークやパリを中心に講演会や展覧会などを開くという活動を予定しています。
日本文化の素晴しさを世界に発信して交流を深めるという役割ですが、これまでは毎年、日本舞踊や能、落語、文学、茶道や書道など、いわゆる伝統文化という領域で活動されている方々が多く選ばれていました。建築家やダンサーの方もいらっしゃいますが、クリエイティブディレクターという職種で文化交流使というのは、僕が初めてだそうです。
そういう機会をいただいたこともあり、日本の優れた文化やブランドやコンテンツをもっと世界に発信していきたいなと思っています。
今年は、歌舞伎の八代目中村芝翫の襲名披露公演のクリエイティブワークも手がけられたんですよね。
佐藤:はい。
襲名公演の祝幕をデザインしたり、八代目芝翫さんと三人の息子さんの四代目橋之助さん、三代目歌之助さん、四代目福之助さんがこれから使われていくてぬぐいのデザインをしたり、ロゴを作ったりなど、全体のアートディレクションをさせていただきました。

八代目中村芝翫の襲名披露公演のクリエイティブワーク


八代目中村芝翫の襲名披露公演のクリエイティブワーク

写真:八代目中村芝翫の襲名披露公演のクリエイティブワーク


襲名のアートディレクション。
そういうのを可士和さんのようなクリエイティブディレクターが手がけるって、珍しいですよね。
佐藤:ほとんど初めてだと思います。
それから、今年は有田焼創業400年記念事業「ARITA 400project」で作品を発表しました。1月に「メゾン・エ・オブジェ・パリ」で発表した後、日本凱旋展として秋に有田と東京の森アーツセンターギャラリーに展示して、伊勢丹新宿本店では「ARITA 400 project × ISETAN SHINJUKU」というコラボレーションフェアも開催されました。
今治は10年間続いていますが、日本の文化やコンテンツをグローバルに発信するような仕事が最近増えています。
ちょうど4年後にオリンピックが開催されることもあって世界の注目も集まっているでしょうし、そういう日本の素晴しいものを世界にアピールしていくようなお手伝いを、これからもっと出来ればいいなと思っています。
ありがとうございました。いろいろ楽しみにしています。

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